Parsleyのリハビリ部屋

ちょっと人生に疲れたParsleyが、リハビリのつもりでつらつら言葉を重ねていくブログです。

二階堂幸先生の短編集『ありがとうって言って』の独特の空気感に魅せられて

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 二階堂幸さんのことは、Twitterで公開されていた『雨と君と』ではじめて認識した。スケッチブックを手にしたタヌキが女性に拾われる話なのだけど、彼女たちが「芸達者なワンちゃん」として扱っていて、いろいろおかしいのだけど、空気感が独特で惹き込まれた。

 

 

 その時に7月に短編集が刊行されると知って、絶対に読もうと思っていたので、ここではその『ありがとうって言って』の読後感について、簡単に紹介したい。

 

 本作では、7つの短編が収録されている。『あなたの隣にも』2作のように、人間と鬼/アンドロイドとの関係を描いたSF風の世界もあれば、『先生が好き』『翡翠色の瞳』のような片想い話、そして、『雨と君と』のようにタヌキが主人公の『よっつのドーナッツ』、ドイツに旅行したカップルの心象を瑞々しく描いた『恋のスイングバイ』と、さまざまなカラーの作品が揃っているけれど、なんというか、どれも空気が穏やかで澄んでいて、ちょっと独特なのだ。

 とりわけ印象的だったのが『Run!』。好きな人と神社で待ち合わせして走って向かう女の子の話なのだけど、これには一切セリフがない。ないのに、どんな言葉が発せられているのか、どんなことを考えているのか、聞こえてくるようなのだ。途中で出会うイベントの度に足を止めるのだけど、それがまた感情豊かで、しなやかで、「あ~世界には物語で満ちているんだなぁ」という気分にさせられる。特に、階段を登りきってポニーテールにしていた髪をほどくカットが、この話の躍動感を際立たせているように感じた。

 

 もうひとつ。『あなたの隣にも』は、鬼あるいはアンドロイドがいる世界で、それなりに人間と隔意がありつつも付き合っている人も中にはいるという社会が描かれている。そこでの台詞で、ハッとさせられたのは次の2つだ。

 

「私たちはそれぞれに違っていてあたりまえなんだって、みんなの違いが見えればいいのに。ねえ、そんな世界ならさ、自分は人と同じだって、勘違いせずにすむのにね。そしてらみんなもっと、仲よくなれると思わない?」

 

 

「気にしてないよ。あのひとはそういう思考回路(プログラム)なんでしょ」

 

 今の時代では、多様性があることによって逆に没個性になって、集団に埋もれることもしばしばだし、それでいてちょっとした違いによってぶつかり合ったりする。その本質を何気なく、何でもないように「言わせる」ことができるあたりに、ネームの力を感じさせる。しかも、前述したようにまったくネームに頼らないストーリーも紡いでも見せている。

 そして何より、登場人物のコーディネートがシンプルながらおしゃれだ。何かにつまづくことはあるかもしれないけれど、自分の中の芯がある人の着こなし、と言えばいいだろうか。「自分もこんなふうに服を着てみたい」という気にさせられるし、作者自身もキャラクターのコーデを楽しく着せ替えしているように感じた。

 

 思えば、よしながふみ先生も西炯子先生も短編の名手だった。彼女たちとは違った穏やかなカラーだけど、その中でピリッとした味付けをほどこすこともできるだけの力量を本作で存分に示しているし、いずれ長編作品も読んでみたい俊英だと思わされた。