Parsleyのリハビリ部屋

ちょっと人生に疲れたParsleyが、リハビリのつもりでつらつら言葉を重ねていくブログです。

「料理の描写が秀逸な作品は名作」の法則に『魔道具師ダリヤはうつむかない』はバッチリ当てはまる

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 異世界転生、婚約破棄からの「ざまぁ」といったものは『小説家になろう』上では外せないテンプレと化していて、そこにどのような味付けをするのか勝負になっている感があるが、甘岸久弥氏の『魔道具師ダリヤはうつむかない』は、そのどれもが含まれていながらちょっと毛色が違っているように思える。

 

 まず、破棄する婚約相手が主人公のダリヤと同じ身分で、魔道具師だった父に師事する兄弟子トビアスというあたりが、王族や貴族を描きがちな作品が多い中で一線を画す。

 このトビアスのクズさ加減の描き方が、「婚約破棄費用を元婚約者から借りようとする」「元婚約者が持ち込んだクローゼットに"真実の愛”に目覚めた恋人の服を入れる」と具体的に女性ならばイラっとさせられるあたりも上手いし、それを商業ギルドで公証人立ち会いのもとで行う描写が丁寧で、世界観を読者に自然と理解させられるところも書き手としての力量を感じさせる。

 

 ダリヤは前世で日本の家電メーカーに勤めていて、ある日倒れて気がついたらこの世界に子どもとして生まれていたというので、「記憶持ち」にカテゴライズされると思うのだが、「生活の便利さの為ならば、どんな苦労もいとわない」という日本人の気質が、ダリヤにも色濃く残っている。それでドライヤーや小型コンロ、防水布などを制作するという活かし方をしている。このあたりは古森きり氏の『追放悪役令嬢の旦那様』と近いが、お風呂で泡ポンプボトルを作ることを思いついたり、製作の過程がより仔細に描かれている。

 例えば冷凍庫つき冷蔵庫ならば、ブルースライムを箱に定着させ、防寒機能の付いた手袋をして管に魔力を込め、クラーケンでできたテープを扉につける……といった具合に、試行錯誤の様子が描かれている。このあたり家電の開発室っぽくて面白く読める。

 

 そして特筆すべきなのが、食べ物の描写だろう。うつむくのをやめ、食べたいものを食べて飲みたいものを飲むと決めたダリヤは、さまざまな食べ物に挑戦していく(コンロの開発に心血を注ぐあたりに、魔道具師としても活かされていく)のだが、実在しない食材でも、「なにそれ食べたい」と感じてしまうのだ。例えば「紅牛(クリムゾンキャトル)のチーズ」ならば、こうだ。

 

 食べてみると、意外に硬めだ。味はミモレットチーズに似ているが、一段甘くて味が濃い。

 これは白ワインより赤に合いそうな味だ。

 

https://ncode.syosetu.com/n7787eq/22/

 

 さらに、クラーケン。イカとタコの良いとこ取りといった味らしい。

 

 不思議なのはクラーケンだった。

 魔物であるクラーケンは、定期的に漁師と傭兵が大型船団で捕獲するので、安く大量に出回る食料であり、素材である。

 

 食べやすく切られているのであくまで部分だが、見た感じ片面に少し赤茶色があり、タコっぽい。しかし、食べてみると歯ごたえのある、香ばしいイカという感じだ。

 クラーケンは臭みがあると言われるが、ここのは処理がいいのか調理がいいのか、まったく気にならない。

 

https://ncode.syosetu.com/n7787eq/24/

 

 さらに、お酒の描写もなかなかに喉が鳴ってくる。この世界のアップルブランデー、飲んでみたい……。

 

 ブランデーというので、酒の強さを覚悟して口にしたが、思いがけず甘い。

 リンゴの花の香りをかいだことはないが、バラを思わせるほどに甘く重い香りが上り、遅れて果実の入った酒らしい味が口に広がった。

 ブランデーらしく喉を焼くような感覚はあるが、それも強くは感じられない。

 口直しに飲む水さえ、しばらく遠ざけたいほどだ。

 

https://ncode.syosetu.com/n7787eq/68/

 

 作者の食い意地と飲み意地が伝わってくるようなエピソードが重ねられて、なかなか本筋の話が進まないあたりが、逆に愛おしいのだけれど、もう一つ本作で触れるべきなのは、ダリヤが偶然助けた魔物討伐部隊と騎士ヴォルフとの関係だろう。

 ダリヤは婚約破棄をされたこともあり、魔道具師としての仕事が楽しく「恋はしばらくいいや」モードで、絶世の美男が故に言い寄る女の形振り構わなさ加減に辟易として女性不信になってしまったヴォルフとは「良い友人関係」でいることを望む。ヴォルフも騎士としての礼節を見せつつも少年めいた顔を覗かせて、そこに読者としてはキュンとするのだけれど、ダリヤとの関係を無自覚の上で進めたいと思っている節もあり、その複雑な感情はむしろ乙女っぽい。個人的には、ふたりがこのまま結ばれることのない展開も面白そうだな、と思っているのだけど……。

 

 ある意味では「頑張っている女子」という応援したくなる主人公としては王道だが、どことなく理系女子的な思考で「うつむかず」に生きていくことを満喫していくダリヤだけでなく、周辺の人間関係も魅力的で群像劇のような読み方もできる。じれじれと進む話にスパイス多め。食べ物の描写を読ませる小説は名作だと信じている私にとっては、目の離せない作品なのだ。

 

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魔導具師ダリヤはうつむかない ~今日から自由な職人ライフ~ 1 (MFブックス)

魔導具師ダリヤはうつむかない ~今日から自由な職人ライフ~ 1 (MFブックス)

  • 作者:甘岸久弥
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2018/10/25
  • メディア: 単行本