Parsleyのリハビリ部屋

ちょっと人生に疲れたParsleyが、リハビリのつもりでつらつら言葉を重ねていくブログです。

なろう小説『Everlasting』に胸が締め付けられた理由

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※画像はイメージです。

 

 『小説家になろう』のランキング上位には、だいたい異世界転生・領地経営・ダンジョン攻略・悪役令嬢・婚約破棄ものが読まれやすい傾向がずっと続いていて、書籍化やマンガ化する作品もこのジャンルがほとんどだ。それを否定的に捉えるつもりはあまりないけれど、そこからこぼれ落ちる小説の中にも「読ませる」ものがあるのは確かだ。

 水無月さんの『Everlasting』は、近世ヨーロッパ風の世界観を元にしたファンタジーだが、婚約破棄要素は一切なく、主人公のヘレンの置かれた不条理と救いをブレがなく描かれているところが異彩を放っている。そして、彼女の苦悩と挫折は極めて現代的だ。

 

 バーゲンムート国のマイヤー伯爵家では長らく子どもが産まれなかったが、父ドナルド・母ジャクリーヌが三十後半に差し掛かった頃に双子の姉妹を賜る。姉ヘレンと妹カレンは、五歳までは同じように育てられたが、ヘレンにはマイヤー家の当主になるべく、座学や剣術、馬術といった勉強を課せられ、カレンは淑女としての教育を行うことになった。

 両親の期待に応えようと努力に努力を重ねるヘレンだが、それは父と母から「褒めてもらいたい」という一心からのものだった。私がまずヘレンに共感したのは、自分も小中の頃に努力して勉強してよい成績を取ることが「当たり前」で親から褒めてもらった記憶がないからだ。今から思うと、両親は褒めているつもりだったのだろうが、子どもは「手放しに褒められたい」ものだ。この作品では、その心情を真正面から描いて「褒める」ということの難しさも浮き彫りにしている。

 

 勉学と鍛錬に打ち込む日々を送っていたヘレンが十三になった時、転機が訪れる。弟のアンドレアスが産まれたのだ。ジャクリーヌが46歳という設定なので、この世界観だと相当奇跡的な出産と思われるが、ヘレンにとってはそれまでの努力が水泡に帰す可能性を孕んだものだった。教師陣は彼女の頑張りを見ているだけに、行く末を危惧するが、両親は長男の誕生に浮かれてしまっている。いや、ドナルドは自分たちがマイヤーを継がせる教育を強いていたことに気づいていたが、問題を先延ばしにしてしまった。

 そして、事件が起こる。ジャクリーヌがヘレンに「もう鍛錬とか座学はいいのではなくて?」「女の子らしくなってもいいのよ?」と言ってしまうのだ。その言葉によって、ヘレンは気力を失い「燃え尽き症候群」と診断されてしまう。慌てて彼女に尽くそうとする両親だが、一向に回復の兆候を見せない娘といるのが辛くなり、結局離れて暮らす祖母エリザベスのもとへ引き取られることになる。春先の雨の出立、馬車からだんだん離れていく生家に、ヘレンの青い瞳から涙を零す――。このあたりの描写には胸が締め付けられずにはいられなかった。

 

 個々の「心が折れる」のは、本当に些細な言葉や出来事で、それぞれが似てはいても同じではない。誰かが大切にしていたものは他の誰のものでもなく、他人とは決して共有できないものだからだ。だからその痛みをほんとうに分かることは出来ない。だが、「心が折れる」という経験をした人ならば、ポキリという音を聞いているものだ。少なくとも私はヘレンの心が軋んで砕けた音が聴こえた。

 

 その後、ヘレンはエリザベスの領地でちょっとした事件に巻き込まれ、言葉と自分を取り戻し、恋を覚えて、破れた。その後自邸に戻り、弟を甘やかす両親や、妹の結婚を巡り衝突し、疲れ、出奔を決意する。全編を通して展開に緊張感があり、ついつい読み進めたくなるあたりストーリーテリングの妙と言っても差し支えないだろう。自制的で頑張り屋なヘレンのことを応援したくなるし、他のキャラクターの内面にも踏み込んで描写されていて、ファンタジーなのにリアル。何か悩みを抱えている人ほど読んでもらいたいと思う。