Parsleyのリハビリ部屋

ちょっと人生に疲れたParsleyが、リハビリのつもりでつらつら言葉を重ねていくブログです。

ちょっと海野つなみ先生の『回転銀河』の和倉ちゃんについて語らせてほしい

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 海野つなみ先生の作品は、大ヒット作となった『逃げるは恥だが役に立つ』はもちろん大好きだし、初期作の『デイジー・ラック』も思い出深いし、『小煌女』や『後宮』もいつ読んでもなんだか胸が一杯になるシーンがある。だが、一番を選ぶならばやはり『回転銀河』になってしまう。

 

 高校を舞台にした恋愛を連作形式で描いた『回転銀河』は、「めくるめく」という表現がぴったりくるような、揺れ動く想いがふっと地に足がつくような、各キャラクターのふわふわとした感情に言葉を探し続ける、そんな作品でどのキャラクターも魅力的なのだけど、個人的に「あ~好き」となるのは、やっぱり和倉千恵ちゃんだ。

 

 和倉ちゃんの事を語るならば、前段として天野兄弟に触れないといけない。優と賢は一卵性双生児で、容姿淡麗で頭脳明晰、学園の女子から「王子」として知られた存在だが、同時に氷のような冷酷さも併せ持ち、和倉ちゃんは「悪魔の双子」と呼んでいる。

 両親が海外で仕事しているということもあり、天野兄弟は二人だけの世界を作り上げてきた。恋愛はするけれど、それはどこまでも打算的であり、自身たちの審美眼を満足させるという独善的なものだった。

 それの「歯車」を崩すのが和倉ちゃん……ではないところが、海野先生の上手さであり、この作品に惹き込まれる理由でもある。まず、弟の賢が当時付き合っていた玲香の先輩であり、親が没落して中退した彬子と知り合い、彼女に惹かれて、おそらく生まれてはじめて恋に落ちるのだ。このエピソードも素敵なのでぜひご一読頂きたいのだけど、「二人でひとつ」だった天野兄弟の「世界」に綻びが生まれ、兄の優は孤独感を覚えるようになる。

 

 ここでようやく和倉ちゃんについて触れられる。最初、和倉ちゃんは天野兄弟に「目をつけられる」存在、かつ天野兄弟の華麗な立ちふるまいの傍観者として登場する。部員がたった3人しかいない手芸部に、「帽子を作りたいから」という理由で花形のサッカー部マネージャーから移籍して、その帽子が天野兄弟に気に入られるという流れなのだが、容姿も容貌も普通。成績も普通。賢いわく「ミス・ニュートラル」と呼ばれるのも納得なのだが、誰もが惹かれ恐れる天野兄弟にも普通に接することができるという、独特の立ち位置で物語を漂っていうあたりが、彼女が占めるとくべつな立ち位置なのだ。

 ストーリーが転回するにつれ、和倉ちゃんの視点から和倉ちゃんを見る視点へと変化するあたりもおもしろい。普通であるというとくべつな位置で、軌道をなぞる惑星から、恒星のような目映きを見せるようになっていく。そんな時に賢が彬子と恋人になり、優の微動だにしなかった世界が揺らいだ。そこにカチっとハマってしまったのが和倉ちゃんだったわけだが、前述のように美意識で付き合う相手にも鑑賞物のような扱いをする天野兄弟にとって「ふつう」すぎる和倉ちゃんは本来入り込む余地がないし、本人にもそういった意思はなかった。そこを出来心で「動かした」のが優であり、うんうん悶々しながらも、ある瞬間に「そっか」と納得して優を受け入れた和倉ちゃんの「理解」という「愛」は尊いと表現するしかないだろう。

 

 和倉ちゃんと天野優の「その後」について、ここでは語らない。しかし、賢が彼女を評した言葉は、いつ読んでも、ぬるめのお湯にゆっくりと沈んでいく砂糖のようなきらめきを放っている。

 

和倉は…

そうだなあ

いつも肩の力が抜けていて

片寄りのない目で広く 世界を見ようとしていて

その眼差しはとても優しい

 

 ああ、自分がもし女の子に生まれ変わることができるのならば、和倉ちゃんのような子になりたい。

 それが、この賢のセリフを一番最初に読んだ時の偽らざる感想だった。ニュートラルにものを見ようと努力して、性善か性悪かで前者を採ることならばできる。だけど、「いつも肩の力を抜けさせる」ことは、とてもむずかしい。だからこそ、彼女はこの物語で、海野先生さえも意図しない軌道を描いていったのだと思う。その意識しえないトリックに、読者は魅せられるのだろう。

 

 余談になるが、『回転銀河』の新装版6巻では、「ごしきひわ」の江梨奈の表紙に差し替えられてしまっている。一枚絵として綺麗だということに異論はない。だが、和倉ちゃんを6巻の表紙から外したという判断はいただけない。やっぱり自分は、刊行当時の誰か(読者)に挨拶をしている和倉ちゃんと、それに背を向ける優の表紙が、ふたりの関係性を雄弁に語っていて、とても、とても好きだ。

 

 

新装版 回転銀河(6) (KC KISS)

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