ちょっと横須賀・追浜の古民家カフェのフレンチトーストについて語らせてほしい
京急本線金沢八景駅の次の追浜。ここの山の上に古民家カフェがあるという話は、ちょくちょく聞いて気になっていた。いわく、オーナーがコーヒーローストの大会で優勝している。いわく、ガレットが本格派。いわく、道が細くてタクシーで行こうとすると断られる……。いちおうカフェ好きで通っているのなら、一度は登らなければならない坂なのだろう、とおぼろげに思っていた。
そして、先日ついにその『TSUKIKOYA』山の上店に訪れる機会を得た。
追浜駅から歩くこと約30分ほど。道中は急カーブあり、急坂ありでよほど運転に自信がないと走るのに躊躇する道だったが、なだらかな稜線から八景や漁港を見渡せて、心地よい空気が期待感を高めてくれた。そしてたどり着いたのが、何の看板も出されていないけれど、明らかに手入れが行き届いた「家」の門。あえて主張しないということで存在を主張しているタイプというのがよくわかる。「玄関」で靴を脱いで中へ……。
もとは茶室だったという『TSUKIKOYA』。ドイツ製の自家焙煎機で毎日オーナーが豆を焙煎しているという話。ブレンドではなくシングルオリジンのみで、コーヒーそのままの味を感じて欲しいというコンセプト通り、その時の旬のものを選ぶことができる。この日はランチだったので、あえてフレンチローストで酸味の強そうなものを注文してみた。
スタッフが皆バリスタやテイスターの大会に出場歴があるというだけに、端正という言葉がそのまま当てはまるような一杯。飲み物は何でもついゴクゴクと飲んでしまいがちな私が、一口ひとくち含みながら頂いた。それが相応しいからではなく、自然とそうなるのがこのコーヒーの真髄だろう。酸味が舌を抜けるが後には引かず、一滴の満足感が高い。『TSUKIKOYA』は横浜・山下町に豆の店があるが、わざわざ買いに行く人の気持ちがわかった。
ランチはビーフシチュー。煮込みに16時間かけているというだけあって、野菜の甘さが感じられるデミグラスソースがライスと合う。肉はスプーンで切れる。
さて。スイーツは最初からフレンチトーストと決めていたのだけれど、これが今までに食べたどのフレンチトーストとも違った。
まず表面が「カシュッ」としている。「カリッ」ではなく「カシュッ」なのだ。バターでまんべんなく炙っているのか、もしくは揚げているのか、とにかくきめ細かいから歯ざわりがく良い意味ですぐったく、しかも薄い。それでいて卵の甘みが口いっぱいに広がるのだけれど、その甘みに嫌味がない。バニラアイスと生クリームが添えてあるが、時間が経ってもほとんど崩れない堅牢さを誇っている。なんというか、ビシっと決めた燕尾服を想起させるような、「決まっている」食感に、まず唸らさられた。
それでいて、中の生地はしっとりしているのに重すぎず、かといって粉っぽくもない絶妙なバランスを保っている。チョコソースとシナモンがまぶされているけれど、まったく負けないだけの風味が漂っている。パンそのものが良いのはもちろんだが、どこにも隙がないのにやさしい。メーブルシロップたっぷり吸わせるフレンチトーストも大好きだけれど、これを口にした時の衝撃は忘れがたい。何万字費やしたとしても再現できないのが残念で仕方がない。
後から知ったが、オーナーはカナダから帰国後、日本初のフレンチトースト専門店をプロデュースした経歴の持ち主だという。おそらく、あと10回くらいは食べてみないと真髄を理解することはできないだろう。
というわけで、また近いうちにあの坂を登って『TSUKIKOYA』を訪れたいと思う。その時にこのフレンチトーストについて別の発見があることが楽しみだ。
TSUKIKOYA 山の上店