Parsleyのリハビリ部屋

ちょっと人生に疲れたParsleyが、リハビリのつもりでつらつら言葉を重ねていくブログです。

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を観て雲海を見に行った話

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 アニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を観ると、どうして無性に旅へと掻き立てられるのだろうか?

 

 戦場しか知らない少女兵だった彼女が、クラウディア・ホッチンズのC.H.郵便社で働くようになり、自動手記人形の仕事を通して自身の感情の呼び名と人の心の機微を知るようになる丁寧なストーリー展開について、ここでは語らない。まるで出張サービスに赴くヴァイオレットのように、鉄道に乗り、豊かな自然のもとへと向かいたくなるのは私だけなのだろうか? 拙文でつらつらと考えてみたいのは、つまるところそういうことなのだ。

 

 OPでは、ゆったりと雲が流れる晴天の中、平原に佇むヴァイオレットのカットがまず入れられている。さらに、険しくも美しい山河と、日没の水面の精緻さに目を奪われるだろう。ストーリー上でも、展望台から見るライデンの町並み(3話)、シャルロッテ姫の悩みを聞く庭園(5話)。紅葉に色づく湖畔にあるオスカーの別荘(7話)、泣くじゃくるアンをヴァイオレットがそっと抱き締める街路樹と夕日(10話)など、心を打つシーンは幕挙の暇がない。ギルベルト少佐を「わたしの世界のすべて」と言うヴァイオレットだが、彼女自身はいつでも自然と共にある。

 

 もうひとつ、本作の演出では風景を定点で早回しで時間経過を表現している点が印象深い。海風に雲が揺れるライデンの遠景や、シャヘル天文本部から見える山々から登る太陽、ブーゲンビリア邸へ徒歩で進むヴァイオレットを見下ろす空の変化……。個人的には、早回しというよりはタイムプラスに近いザラリとした感触が、登場人物たちの心象と重なっていて、演出スタッフの意図を慮りたくなるのだが、重要なのは、この作品が「言葉を紡ぐ」「人を繋げる」ことの土台に「自然」が寄り添っているということだろう。

 

 いろいろ御託を並べてみたが、要はヴァイオレットの「目」を追体験したいという衝動が抑えられなくなることが、本作の隠された魅力だと私は信じる。だが、残念なことに『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は架空の地テルシス大陸が舞台。彼女の足跡を辿ることは現実には不可能だ。とはいえ、特別な魔法が存在するわけでもなく、自然法則は我々が生きる世界と同じように思える。なんとかヴァイオレットの嗅いだ空気と似た体験ができないものか……。

 

 

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(c)暁佳奈・京都アニメーションヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

 

 ここで思い出したのが、6話でリオン・ステファノティスがヴァイオレットをアリー彗星の天体観測に誘う直後のカット。彼女の華奢な背中越しに広がる雲海……。少年少女らしい高揚感を雄大な自然が包むシーンだが、雲の上から景色を臨みたいのならば、ここ日本にもサクッと行ける場所がある。

 

 長野県・北志賀高原。標高1930mの竜王山のスキー場はオフシーズンでも『竜王マウンテンパーク』として標高1770mに位置する『SORA terrace』を営業している。うつろう天候から長野盆地越しに妙高山黒姫山を望め、時として雲海が眼下に広がる。山麓からロープウェイで登るあたりもシャヘルっぽい。自分は『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』6話を3周して、『SORA terrace』公式サイトのライブカメラを眺めているうちに、気がついたら湯田中温泉泊のチケットを入手していた。

 

 新幹線で長野まで2時間弱。そこから長野電鉄の特急に。かつて成田エクスプレスとして使われていた2100系に妙な懐かしさを覚えながら、50分ほど揺られて湯田中に到着する。小林一茶の庵があったという古温泉に浸かりながら疲れを癒やし一泊。天気予報に反して晴天が広がる中、湯田中駅から無料バスで『SORA terrace』へと向かった。

 

 りんご畑をぬって通る国道403号を北上し、右折するとペンションやオフシーズンのホテルが点在する中、ロープウェイの駅が見えてくる。1991年より運行しているスイスCWA社の車両は最大166人乗りで、日本最大級だという。ここから僅か8分で、1770mまで連れて行ってくれるのだという。

 遅めの紅葉で、色づき始めた木々や見事に茂った白樺を眺めつつ、あっという間に山上へと着くと、それまで頭上から見上げていた綿菓子のような雲が、足元よりはるか下にぷかぷかと浮かんでいた。デッキには斜面を駆け上がるような風がひょうと吹き、ひんやりとしていて適度な湿度が感じられて喘息もちの自分としては心地よい。雲の切れ目の先には長野市の街並みも見えたが、戸隠の方は濃い雲で山々の頂は隠されていた。

 

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 雲海を愛でるには天気が良すぎる、と思ったのもつかの間。山肌を縫うように粒子が細かい白綿のような雲がどんどん湧き上がってきて、竜王の山を包んでいく。数分経つと高井富士の山頂が顔を出し、花冠のようにまとわりついていった。併設されたカフェでラテを飲んでいる間にも、雲海は厚くなったり薄くなったり、絶え間なく形を変えていく。

 

 たのしい。自分を満たしていた気持ちはこの一言に尽きる。自然の凄さとか驚異とか、人の手ではどうしようもないものへの恐ろしさとか、そういった感情も頭では分かっていたとしても、目の前で刻一刻と変わっていく風の色合いを眺めている時間は、ただただ楽しかった。ヴァイオレットがひとりで休憩をとりつつ、外の景色を茫洋と見つめていたときも、おそらくそうだったに違いないと思うほどに。早送りで自然の変化を表現したスタッフも作業しながらそうだったのでは、と感じられるほどに。

 

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 そうこうしているうちに、『SORA terrace』全体がすっぽりと薄灰色の雲に覆われ、叩きつけるような雨が降り出してしまったので、標高1770mの絶景に溶け込んだのは三時間に満たなかった。その日の夜には都会に戻り、見慣れた風景へと帰ったが、空を見る目は確実に変わった。『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』で描かれた雲海を思い出したくなった時、私はまた『SORA terrace』を訪れることになるだろう。夏季には星空を見るナイトクルーズも実施しているから、より6話のヴァイオレットの心象を追いたいのならば、参加してみるのもいいかもしれない。

 

 いずれにしても、私はこの旅で知ってしまった。『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』に「聖地」と呼べる場所はないかもしれないけれど、登場人物たちの息吹を感じさせる場所を探し求めることになるのだろう。別の言葉に替えるならば、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は確かに旅行計画を立てる上での「みちしるべ」になったのだ。そしてそれが、このアニメへの自分なりの敬意の表し方だと考えている。

 

tv.violet-evergarden.jp

 

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